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    アナル・バロック



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    こんばんわ!!だいぶ寒くなってきましたね。
    皆さん、風邪には気をつけてください。

    「アナル・バロック」 秋田昌美 発行:(株)青弓社
    1997年4月30日発行 2200円+税

    先日まで紹介していた「イルリガトールの見える風景」の
    秋田昌美さんの著書です。もちろん、「イルリガトールの
    見える風景」も「エネマの歴史」として収録されています。

    身体に浮かぶ二つの円球、お尻の谷底に隠された秘穴と
    体内からの黄金に輝く贈り物、糞便が織りなす性愛宇宙。
    羞恥と快楽、性と排泄の中間に位置する淡いエロジェニック
    ゾーンを覗き見る。
    と、副題があるのでどんな内容かわかりますね!

    目次では
    Ⅰアナル・バロック…糞便黄金論、スカトロ・アートの系譜、
    ウィーン糞尿アート紀行、美尻伝説、スパンキングの歴史、
    エネマの歴史、猥雑なる食の快感。
    Ⅱ糞の見える風景…日本肛門美の追求(徳川の性典から)、
    金城朝永の糞尿民俗学、SM・窃視・乱歩の時代、ヨニの民族。
    となってます。

    アート的な観点、歴史的な観点から肛門、スカトロといった
    お尻に関係する性癖について追求しています。
    自分がなぜ、アナルや浣腸に魅力を感じるのか!?
    この疑問に対する答えや、さらにアナルの新しい
    魅力を見つけるかもしれません。

    「エネマの歴史」は「イルリガトールの見える風景」と
    内容は一緒ですが、挿絵が新しくなっています。
    それだけでも読む価値アリマス。
    オナニーはできませんが(笑)
    秋の夜長にこんな高尚な視点から、自分の性癖を考える
    のも悪くないですよね。

    おススメです。


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    イルリガトールの見える風景 第6回



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    こんばんわ!しばらく、PCのない環境にいたので更新できません
    でした。お久しぶりです。

    「イルリガトールの見える風景 第6回」 文/秋田昌美
    いよいよ、最終回です!

    赤面する尻を巡って

    西洋のロココ時代にはしばしば浣腸される女性が描かれた。
    大抵、これらの絵画のテーマは浣腸行為そのものにあったの
    ではなく覗き見症的快楽にあった。
    当時、浣腸が淑女の美容や健康のたしなみとして、広く
    上流社会に普及した事は、前述した。浣腸は、婦人方が
    化粧したり、入浴したりするのと同じような日常行為として
    定着した。とはいえ、浣腸行為は性行為と排泄の中間にある
    淡いエロティシズムの世界を形成していた。だからこそ、
    婦人が浣腸されている場面を覗き見る事は、性行為や
    排泄行為を覗き見するのと同じような快美を殿方に催させた
    のだ。
    画面の奥では、良く整えられた上流階級の寝室のベッドの
    上で、奥方が尻をまくって下女に浣腸されている。奥方は、
    心の内ではほのかな羞恥心を抱きながらも、信頼する同性の
    前であけっぴろげである。寝室の扉がかすかに開いているか、
    あるいは、鍵穴が前景にあり、そこから旦那が必死にそれを
    注視している。当然ながら、彼の一物は勃起している。

    あまりにも自明な事だが、浣腸器具-注射器は男性器の
    シンボルであり、浣腸行為は肛門への射精のアナロジーもある。
    だからといってロココの蔓延した浣腸画が肛門性交の隠喩だった
    わけではなかろうが、むろん、浣腸の描写は性行為を表していた。
    浣腸行為を自然な日常的営みとはみなし得ない好色な視線は
    すでに誕生していた。そして浣腸は性行為と排泄行為の中間に
    位置する事で、どちらとも異なった微妙なるエロティシズム世界
    を醸し出しているのである。

    そして、浣腸のどっちつかずの曖昧な性格によって、覗き見症者
    にとって格別のテイストが生み出されている事も事実だ。

    浣腸行為の持つどっちつかずの要素。それはまた、尻(臀部)の
    持つどっちつかずの性格にも由来するはずだ。

    つまり「後ろからやる」時に目前に広がる広大な尻とは動物と
    人間の中間的セックスの部位であり、尻そのものは、排泄と
    性行為の中間に位置しているのだ。ここにも尻の持つ曖昧で
    どっちつかずの性格ゆえのエロスがある。この要素がさらに
    加速される時、我々は肛門性交の持つ恥ずかしい意味に気付く
    はずだ。


    エネマは性行為と排泄の中間を彷徨い、邪な幻想に膨らむ羞恥を
    携えて、淡いエロティシズムの世界を形成する。



    本来なら便秘等を治療するための医療行為、浣腸。
    しかし、尻(肛門)に対して行われる行為の為か、
    エロティシズムを感じる。それは女性器に近いせいか?
    それとも女性器同様に女性が見られることに、多大な
    羞恥心を感じる部位だからだろうか。
    嘴管の挿入→浣腸液の注入→我慢をさせる行為→排泄鑑賞。
    この一連の行為にセックス以上の興奮を感じる、それは
    間違いない。
    今後も浣腸という行為について、浣腸器や薬液だけでなく
    シチュエイション、コスチューム等についても追求して
    いきたいと堅く決心しているのだ。

    さて、イラストはTREVOR BROWN。イギリス人で東京在住。
    ボンデージ、緊縛、メディカルプレイ、少女、人形を
    題材にしたイラストを多数発表している。
    詳しくはコチラ。
    http://www.pileup.com/babyart/_top.html

    そのうちにTREVOR BROWNについても紹介しますね。

    イルリガトール見える風景 第5回



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    こんばんわ。なんか急に涼しくなりましたね。
    自分、年寄りなんで身体がついていきません!!
    風邪をひきそうな予感。皆様もお気をつけて。

    「イルリガートルの見える風景」
    第5回 / ロココの浣腸裁判 文 / 秋田昌美

    17世紀にエネマは薬剤師の扱いになっていて美容、健康法と
    して広く大衆に普及していた。18世紀になるとエネマはやがて
    緩下剤や瀉血と並んで当時の医療に組み込まれてゆく。
    そして、18世紀ロココの時代を通じてエネマは益々流行する
    事になった。
    エネマの作り出した空間は過去のものとは異なっていた。
    エネマは、美容、健康法、慎みのモラル、民間療法、迷信と
    いった領域の事項に加えて、まだ貧弱なものだったが医療、
    そして、エロチックな文学や芸術といった多面的な空間を作り
    だしてゆく。だが、あいかわらずエネマは良識ある人々には
    軽蔑の対象だった事は今日と同じである。

    「飽食」に悩んでいた当時の王侯貴族たちの間にエネマが
    蔓延した事は言うまでもなかった。「正義王」となったルイ13世
    は若い頃便秘に悩んでいたが、後には下剤のかけ過ぎで苦しむ
    ようになってしまった。腹に腫瘍が出来て、1年間に50回の
    瀉血、200回以上の下剤かけと浣腸が行われたが、王には
    ほとんど効果がなかったという。

    フランスではルイ13世や14世の治世下にエネマの使用法は
    複雑な様相を呈してきたようだ。エネマの使用は驚くべき頻繁に
    行われたが、一方でエネマの使用法は陰謀絡みの毒殺に使われ
    たり、自殺の新しい処方として新たな価値を帯びたりする。
    毒物注入によるエネマ自殺は苦痛のない効果的な自殺として
    珍重されたらしい。

    ルイ14世もまた大のエネマ狂だった。13世同様、彼もまた
    飽食が祟ったのか結腸の病に悩んでいた。モリエールがエネマを
    揶揄する芝居をやったりして、王はエネマに最初抵抗があった
    らしいが、1709年に極度の腹痛に襲われた王は主治医の
    アキン博士の指示によってエネマの処方を始めた。
    王は生涯に2000回のエネマを行ったという。2000回と
    いう回数は毎日エネマをやっていれば5年半ぐらい、1週間に
    2回とすれば20年である。とりあえず、普通人にとっては
    かなりの回数としておこう。だが、2年間に2000回以上の
    エネマとなったら事はちと異常だろう。

    1746年5月5日、フランスでエネマがらみの裁判が行われた。
    訴えたのはティネット・ボヤーという看護婦で、訴えられたのは
    フランシス・ブルジョアという大聖堂参事会員だった。
    ティネットはこの紳士に対して、2年間に2190回のエネマを
    行ったが、これは彼女の商売で、エネマ1回につき彼女は150
    ポンド請求していたが、余りに回数が多かった為か、未払い金が
    溜まり支払いが滞ってしまった。それで、彼女はこの男を訴えた
    のである。
    彼女がどのようなエネマ・サービスをこの男に行っていたかは
    さだかではない。というのは、便通を良くするとかいった通常の
    エネマ使用であれば、どうもこの回数(1日あたり6回相当)
    は尋常ではないからだ。だが、この女性は町では当時「丁寧で
    熱意ある浣腸さばき」のエネマ師として評判だったというから、
    こうした職業自体認知されていたものだったと推察される。

    結局、裁判は彼女が請求したエネマ料が妥当なものであった事、
    又、彼女のエネマ師としての評判の良さと徳の高さが好して、
    紳士が金を払うという事で一件落着する。いずれにしろ、エネマが
    法廷に登場する程、18世紀にエネマは民衆に親しまれていた
    事の証明になろう。
    「浣腸裁判」が白昼堂々と行われる18世紀というのは一体
    どんな時代だったのであろうか。所謂、爛熟したロココ時代で
    ある。変態の元祖、サド侯爵や宮廷変態画家ワトーが活躍した
    エロチック文学と芸術の幕開けである。そして、浣腸が堂々と
    絵画や文学の世界に登場するのもこの時代なのだ。経済馬鹿の
    ブルジョワジーが登場する時代を目前にして、王侯貴族が好き
    勝手な変態性欲を謳歌する能天気な時代がこの18世紀なので
    ある。女の乳房と尻の魅力が爆発するロココ芸術の世界に我々
    は参入した。そこでエネマは重要なエロチック・アイテムと
    して活躍する事になる。


    こうして浣腸は美容や医療行為という側面だけではなく、
    エロチック・アイテムとしての側面も得ていったのですね。
    それはやはりロココ時代という爛熟した時代背景もあった
    のでしょうか?それとも肛門という性感帯、時には性交にも
    使われる器官への行為だったからなのでしょうか?
    とにかく、様様なファクターが絡み合って、18世紀の
    ヨーロッパで「浣腸」は純粋な医療行為だけではなく
    変態たちの性癖を満足させる行為として、認知されたのです。
    「浣腸プレイ」として。

    さて、次回は最終回「赤面する尻を巡って」です。

    イルリガトールの見える風景 第4回



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    こんばんわ!朝夕はだいぶ涼しくなってきましたね。
    でも、もう少し日中は暑いから体調管理に気をつけて下さい。

    「イルリガトールの見える風景第4回 エネマ流行時代」 
    文/秋田昌美
    の紹介です。

    17世紀半ばになるとエネマは広く大衆に普及してゆく。
    しかし、エネマは依然として「恥ずかしい器具」だった。
    とにかく、当時の貞節な淑女たちは最初はエネマの使用を
    恥ずかしいものとして拒否し続けていたが、やがて、エネマの
    使用は流行となり、貴族の女性たちは1日に3回も4回も
    エネマを使用するのが普通になるという、今から考えれば
    少し異常な事態が起こってくるのだ。

    アラン・ルネ・サージというフランスの作家の小説
    「ジル・プラス」の中には次のような記述がある。
    「私はジアンタが年のわりには血色も良く、肌のつやも良く、
    若々しく見えると感じた。その原因は毎朝の潅腸と特別
    仕立てのゼリーを毎日飲む事による…」
    このように、当時、エネマは女性たちの間では、顔色を
    良くしたり、若さを保つ若返り美容法の1種として認識
    されていたのである。エネマを使用すれば15歳は若返ると、
    当時の淑女たちは信じて、毎日せっせとエネマに励んで
    いたようだ。
    便通の悪さは女性の特権のように今日でも考えられており、
    こうした女性の生理的体質とエネマのエロチックなファンタジー
    は不可分に結びついている。そうしたファンタジーはすでに
    17世紀のエネマを使用する環境の中に存在していたのである。
    17世紀にあってエネマの顧客は女性が大半だった。
    女性客を対象にして、当時の薬局はエネマの商品イメージを
    改新させた。エネマは以前に比べてカラフルになり、様々な
    デコレーションを施したものが登場する。又、液体も、オレンジ、
    薔薇、ベルガモット、百合といった花々の香りを入れた芳香性の
    ものが現れる。

    エネマの使用は美徳とされ、エネマ知識は広く知らされ、人々が
    称揚するところとなったのである。人々にはエネマをどんな風に
    使用すれば良いか、その正確な管理方法が知らされた。当時の
    あるエネマについての記事はこう述べている。
    「エネマを使う患者の姿勢は快適でなければなりません。
    不自然な姿勢であってはならないのです。潅腸器は適切に患者の
    肛門に導かれなければならず、ピストンの動きはゆっくりと優しく、
    そうすれば、液体は優しく患者の腸内に導かれ、負担も
    かかりません。ピストンは付き添いの人が両手で滑らかに
    操作すると良いでしょう。けして、無理せず、余計な力を入れず
    に、優しく。挿入したら、滑らかに操作するのがコツです。そう
    すれば、腸の粘膜を傷つけたりする心配はありません。」
    健康維持、美容に効力のある美徳として称揚されたエネマの
    使用は、特に王侯貴族たちの間に蔓延した。しばしばそれは
    常識ある文化人の揶揄や批判の対象になった。王や貴族たちの
    エネマに耽溺する姿を滑稽化した劇も現れる始末である。

    こうしたエネマ熱は医学的なエネマ狂信家の登場も施した。
    1695年、ライドンの医師フレデリック・デッカーが書いた
    医学書には100ページにも及ぶエネマに関する1章が設けられ、
    そこにはエネマータについて述べられている。エネマータとは
    エネマ式喫煙具のことらしいが、デッカーは、エネマータによる
    喫煙(もちろん、肛門での)を推奨した。
    エネマ式喫煙については、前々回にアマゾン流域のインディオが
    喫煙具を使い肛門からドラッグを吸引するという話を紹介した。
    デッカーのエネマータもそうした方式の器具だった模様だ。
    しかし、エネマータでの動物実験をした結果、肛門からの
    4オンスの煙草の摂取により犬は絶命し、猫は1オンスで死んで
    しまったという。その結果、デッカーの突飛なアドバイスに人々が
    呆れたことは言うまでもない。エネマへの熱狂から極めて危険な
    マッド・サイエンティストも生まれたのである。

    さて、エネマ流行の傍ら、17世紀後半にはエロチック小説に
    エネマが登場する。1670年に書かれたエロ小説
    「L'Apotic aire De Qualite」にはヒロインのうら若き女性が
    エネマの使用を夢見るという筋書きで、前編、美女が潅腸される
    記述で埋まっているという。エネマがエロチック文学に登場する
    ということはエネマがエロチックな体験として概念化されたという
    事である。健康や美容の為に処方されていたエネマに対して、
    当時の女性たちが肛門エクスタシーを感じていたかどうかは
    さだかではない。
    だが、エロチック文学にエネマが登場したという事実は、エネマが
    性的なものとして把握されうるという脳内インプットを作り出した
    事は確かである。


    はい。浣腸は17世紀の半ばにヨーロッパで健康法として流行
    しました。そして、17世紀後半には医療行為や健康法以外に
    エロチックなプレイとして認識され始めたのです。

    さて、次回は18世紀、ロココ時代の浣腸です。

    イルリガトールの見える風景 第3回



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    こんにちは。久しぶりになっちゃいましたね。

    以前紹介した、イルリガトールの見える風景の続きです。

    第3回 エネマ宗教改革 文/秋田昌美

    第3回は16~17世紀のヨーロッパではエネマが宗教と
    結びついていた公的な儀式から、個人の私的な使用に
    耐える器具として家庭の密室へ浸透していく、という内容。

    エネマが公から私へと移行する。そうしてエロチックな
    羞恥が生まれてくるのだ。

    エネマの宗教改革を遂行したともいうべき輝かしい業績を
    与えられるのが1641年にオランダに生まれた生理学者で
    解剖学者のレグニエ・デ・グラーフという人物だ。
    エネマについて歴史的に最初に科学的な考察を行った人物
    でもある。
    グラーフの業績は、エネマを「上品さ」や「自己管理」と
    いう問題を持ち込んだ事にある。「上品さ」とはエネマの
    使用に際して羞恥心が生まれないようにする配慮、
    「自己管理」とはエネマが個人的に使用できるようになる
    事だった。この2つの事項はエネマがモラルという新しい
    世界の規律に即して私的使用に耐える事を意味し、又、
    それを実現するための技術改良を必要とした。
    それまで、エネマは器具の構造上、誰かの立会いがなければ
    できなかった。グラーフは安全で、上品で、1人で使用でき
    るエネマの改良に取り組んだ。グラーフが発明したセルフ・
    エネマは木製の注射器に柔らかい屈曲自在の素材でできた
    長いチューブを接続し、チューブの先についた木製ノズル
    によって液体量を調節できる。
    チューブを使うことで患者は面倒な姿勢をとらずに自分で
    使用することができた。又、グラーフは薬局の医学的啓蒙
    に努力し、安全なエネマ器具が自由に購入できるシステムを
    作った。こうしてエネマはより民衆に普及する事になったの
    である。

    と、あります。

    つまり、グラーフの発明したセルフ・エネマによってエネマは
    容易に家庭という密室で、1人でも行う事ができる行為に変化
    したのです。
    「上品さ」、「自己管理」とともに密室での性的エネマ・プレイ
    という下地をも作り出したことになったのです。

    1枚目の画像の右下にあるのがグラーフの発明したセルフ・
    エネマです。

    さて、次回は第4回エネマ流行時代です。お楽しみに。

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