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    イルリガトール見える風景 第5回



    ir0014_c2.jpg


    こんばんわ。なんか急に涼しくなりましたね。
    自分、年寄りなんで身体がついていきません!!
    風邪をひきそうな予感。皆様もお気をつけて。

    「イルリガートルの見える風景」
    第5回 / ロココの浣腸裁判 文 / 秋田昌美

    17世紀にエネマは薬剤師の扱いになっていて美容、健康法と
    して広く大衆に普及していた。18世紀になるとエネマはやがて
    緩下剤や瀉血と並んで当時の医療に組み込まれてゆく。
    そして、18世紀ロココの時代を通じてエネマは益々流行する
    事になった。
    エネマの作り出した空間は過去のものとは異なっていた。
    エネマは、美容、健康法、慎みのモラル、民間療法、迷信と
    いった領域の事項に加えて、まだ貧弱なものだったが医療、
    そして、エロチックな文学や芸術といった多面的な空間を作り
    だしてゆく。だが、あいかわらずエネマは良識ある人々には
    軽蔑の対象だった事は今日と同じである。

    「飽食」に悩んでいた当時の王侯貴族たちの間にエネマが
    蔓延した事は言うまでもなかった。「正義王」となったルイ13世
    は若い頃便秘に悩んでいたが、後には下剤のかけ過ぎで苦しむ
    ようになってしまった。腹に腫瘍が出来て、1年間に50回の
    瀉血、200回以上の下剤かけと浣腸が行われたが、王には
    ほとんど効果がなかったという。

    フランスではルイ13世や14世の治世下にエネマの使用法は
    複雑な様相を呈してきたようだ。エネマの使用は驚くべき頻繁に
    行われたが、一方でエネマの使用法は陰謀絡みの毒殺に使われ
    たり、自殺の新しい処方として新たな価値を帯びたりする。
    毒物注入によるエネマ自殺は苦痛のない効果的な自殺として
    珍重されたらしい。

    ルイ14世もまた大のエネマ狂だった。13世同様、彼もまた
    飽食が祟ったのか結腸の病に悩んでいた。モリエールがエネマを
    揶揄する芝居をやったりして、王はエネマに最初抵抗があった
    らしいが、1709年に極度の腹痛に襲われた王は主治医の
    アキン博士の指示によってエネマの処方を始めた。
    王は生涯に2000回のエネマを行ったという。2000回と
    いう回数は毎日エネマをやっていれば5年半ぐらい、1週間に
    2回とすれば20年である。とりあえず、普通人にとっては
    かなりの回数としておこう。だが、2年間に2000回以上の
    エネマとなったら事はちと異常だろう。

    1746年5月5日、フランスでエネマがらみの裁判が行われた。
    訴えたのはティネット・ボヤーという看護婦で、訴えられたのは
    フランシス・ブルジョアという大聖堂参事会員だった。
    ティネットはこの紳士に対して、2年間に2190回のエネマを
    行ったが、これは彼女の商売で、エネマ1回につき彼女は150
    ポンド請求していたが、余りに回数が多かった為か、未払い金が
    溜まり支払いが滞ってしまった。それで、彼女はこの男を訴えた
    のである。
    彼女がどのようなエネマ・サービスをこの男に行っていたかは
    さだかではない。というのは、便通を良くするとかいった通常の
    エネマ使用であれば、どうもこの回数(1日あたり6回相当)
    は尋常ではないからだ。だが、この女性は町では当時「丁寧で
    熱意ある浣腸さばき」のエネマ師として評判だったというから、
    こうした職業自体認知されていたものだったと推察される。

    結局、裁判は彼女が請求したエネマ料が妥当なものであった事、
    又、彼女のエネマ師としての評判の良さと徳の高さが好して、
    紳士が金を払うという事で一件落着する。いずれにしろ、エネマが
    法廷に登場する程、18世紀にエネマは民衆に親しまれていた
    事の証明になろう。
    「浣腸裁判」が白昼堂々と行われる18世紀というのは一体
    どんな時代だったのであろうか。所謂、爛熟したロココ時代で
    ある。変態の元祖、サド侯爵や宮廷変態画家ワトーが活躍した
    エロチック文学と芸術の幕開けである。そして、浣腸が堂々と
    絵画や文学の世界に登場するのもこの時代なのだ。経済馬鹿の
    ブルジョワジーが登場する時代を目前にして、王侯貴族が好き
    勝手な変態性欲を謳歌する能天気な時代がこの18世紀なので
    ある。女の乳房と尻の魅力が爆発するロココ芸術の世界に我々
    は参入した。そこでエネマは重要なエロチック・アイテムと
    して活躍する事になる。


    こうして浣腸は美容や医療行為という側面だけではなく、
    エロチック・アイテムとしての側面も得ていったのですね。
    それはやはりロココ時代という爛熟した時代背景もあった
    のでしょうか?それとも肛門という性感帯、時には性交にも
    使われる器官への行為だったからなのでしょうか?
    とにかく、様様なファクターが絡み合って、18世紀の
    ヨーロッパで「浣腸」は純粋な医療行為だけではなく
    変態たちの性癖を満足させる行為として、認知されたのです。
    「浣腸プレイ」として。

    さて、次回は最終回「赤面する尻を巡って」です。
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